Judith Owenのプロモーション&マーケティング業務委託契約を致しました

2018.06.25 / news

これほど情報が発達した時代だ。インターネットを含めて、 便利なものを利用すれば、 世界中のいろんな音楽を聴くことができるし、 手に入れることだって困難ではない。そこに、 足を運んで生のライヴさえ、体験しようと思えばできる。 だからと言って、勘違いしてはいけない。 音楽に対していろいろ知ったつもりでいないか、 傲慢になっていないか。もちろん、 毎日そんなことばかり考えていると肩がこるが、 たまには立ち止まり、自らに問いかけてみるのも悪くはない。

 そういう時、ジュディス・オーウェンの音楽はぴったりだ。 しかも、ぼくは、 恥ずかしいことに彼女についてなにも知らなかった。 こんなに素敵な女性シンガー・ ソングライターの存在を見過ごしてきたのだ。デビュー・ アルバム『Emotions On A Postcard』を発表したのが、1995年だから、 全くの新人というわけではない。しかも、この間、 無意味に歳月を重ねてきたわけでないことは、 彼女の最近の音楽を聴けば、よくわかる。
 例えば、昨年2017年の『Somebody's Child』だ。そこで、聴かれる彼女の歌声は、 ちゃんと日々の暮らしに足の着いた人でなければ歌えないような、 確かな歌、確かな演奏ばかりで、一歩一歩、 大切に歩みを重ねてきたことがよくわかる。流行になびかず、 音楽と向き合い続けてきたのが、静かで、 穏やかな歌声に潜む芯の強さからもわかる。 そんな素敵なシンガー・ソングライターなのに、ぼくは、 その存在を見過ごしてきた。ただし、 ポップ音楽の素晴らしいところは、 決して気づくのに遅すぎることはないということだ。

 そもそもは、ロンドン生まれのロンドン育ちらしい。 10代の頃に母親が鬱病から自ら命を絶つという哀しい経験を経て 、その思いを歌に託すようになった。その後も、PTSD( 心的外傷後ストレス障害)を発症したり、必ずしも、 順風満帆の人生を歩んできたわけではない。そのせいだろうか、 彼女の歌には、その表情には、薄っぺらさがなく、 聴き手をしっかりと立ち止まらせ、そして、 向き合わさせる力のようなものがある。簡素ではあっても、 深い陰影がある。
 大学卒業後バーで歌い、生計を立てるようになってからも、 暮らしぶりは必ずしもよかったわけではなさそうだ。契機は、 1993年、現在の夫との出会いだろうか。 彼を追ってアメリカへ、ロサンゼルスのクラブで歌い、 演奏するようになっている。1995年、デビュー作『 Emotions On A Postcard』では、ラリー・クラインやジェフ・ ヤングといった手堅いロサンゼルスのミュージシャンたちに囲まれ 、その中から、「Hand On My Heart」という曲が、ハンス・ジマーの興味をひき、 彼が音楽を担当した映画『恋愛小説家』 で使われるということもあった。

 その後、ジュリア・フォーダム、カサンドラ・ウィルソン、k. d.ラング、グレン・バラード、リチャード・トンプソン、 ベンモント・テンチ、ケヴ・モ、トム・スコット、ラス・ カンケル、リー・スクラー、ワディ・ ワクテルと言った人たちと交流を深め、また彼女のアルバムには、 こういった人たちが何気なく参加してきた。
 言うまでもなく、カサンドラ・ウィルソン、k.d.ラング、 ジュリア・フォーダムと、いずれも、 現代を個性豊かに生きる女性シンガーたちだ。 決して声高に叫んだりすることはないが、 一人の女性として独立心が強く、 一人の人間として世の中と向き合い、 生きる姿勢そのものが歌声に表れている人たちばかりだ。しかも、 リチャード・トンプソンからベンモント・テンチまで、 彼らもまた、歌とはいったいどういうことか、 しっかりと心得た演奏で信頼を得てきた人たちだ。
 殊に、リー・スクラーは、近年、 ジュディスの最も近しい存在として、 レコーディングにライヴにと欠かせない。ダニー・ コーチマーやラス・ カンケルらとのセクションのメンバーとしての活躍で知られ、 ジェイムス・テイラーからジャクソン・ ブラウンまで多くのシンガー・ ソングライターの歌たちに豊かな表情をもたらしてきたベーシスト だ。そう言えば、近年、 アーティスト仲間からの彼女への賛辞は増えるいっぽうで、 ジャクソン・ブラウンもその一人だが、彼は、 彼女のライヴを観てこう語ったらしい。「 コンサートのあるべき姿を示したお手本のようなライヴ」だと。

 2005年、ニューオーリンズで起きたハリケーン・ カトリーナの被災者支援を目的にドナルド・ フェイゲンやリチャード・トンプソンらを招いてチャリティ・ コンサートを行ってきたり、 全米のホームレスの若者支援やエイズ基金への支援等々、 音楽を通じてチャリティー活動にも積極的にかかわっているという 。
 そのジュディス・オーウェンの新作『redisCOVERed』 は、カヴァー集だ。これまでにも、コール・ポーターの「ナイト・ アンド・デイ」からスティングの「ウォーキング・オン・ザ・ ムーン」までカヴァーをこなしてきたが、今回は、彼女が、 気に入っていて、しかも、意外性を含め、 彼女の中にある創意を刺激するような作品の数々を集めて1枚のア ルバムに仕上げている。
 敬愛するジョニ・ミッチェルの、それも一般的には馴染みの薄い「 チェロキー・ルイーズ」や「レディーズ・マン」 あたりを選んだり、エド・シーランの「ザ・シェイプ・オブ・ ユー」にジャスティン・ティバーレイクの「キャント・ストップ・ ザ・フィーリング」、ワイルド・チェリーの「プレイ・ザット・ ファンキー・ミュージック」にディープ・パープルの「スモーク・ オン・ザ・ウォーター」、そしてビートルズの「ブラックバード」 等々、時代や世代はもとより、ジャンルの垣根をも超え、彼女は、 それらに堂々とぶつかっている。
 上手く歌いこなそうとか、安易なところに着地しようとか、 そういうのは一切ない。大胆に、創意あふれる行為として、 歌に全く新しい生命を注ぎ込んでいるのだ。

こういうのを聴いていると、近い日に、大人たちが、そっと( ではいけないのだけど、 もっと声高々と彼女のことを吹聴しなくてはいけないのだけど)、 こんな会話を交わしている光景が目に浮かんできそうだ。 ジュディス・オーウェンを聴いたことがあるかい、と。

「天辰保文 音楽評論家」

BACK TO LIST